日本全国名所巡りの旅

 旅先の説明板・石川

安宅(アタカ)関の石像/石川10



安宅(アタカ)関の石像



安宅(アタカ)関の石像.JPG



弁慶・富樫の石像は、
歌舞伎で有名な七代目松本幸四郎、
二代目市川左団次をモデルとして、
昭和41年、彫望家の
都賀田(ツカダ)勇馬氏により制作されたものである。


左端の義経像は、
その子息、都賀田伯馬氏が
平成7年10月に制作した。


ここに親子二代に亘り
勧進帳の主従三体の像を完成させた。


石碑に刻まれた智・仁・勇の文字は、
永井柳太郎氏の自筆で、

智は弁慶の知恵
仁は富樫の情け
勇は義経の勇気
であり、

我が国古来の
国民性の美しさを端的に表現している言葉である。


(蛇足)

この石像は、
小松市の安宅住吉神社の境内にあり、
歌舞伎の「勧進帳」で有名です。


ここは「安宅の関跡」として
石川県の史跡に指定されています。


この関所の出来事とは、
頼朝に追われ、奥州平泉へ落ち延びようと、
山伏姿に変装した義経主従が安宅関にさしかかったのが、
文治2年(1186)2月でした。


関守・富樫左衛門尉泰家に疑われると、
弁慶は諸国を廻る東大寺の役僧と云い、
白紙の「勧進帳」を読み難を逃れようとしたが
義経に疑いがかかり、弁慶はすかさず
金剛杖で義経を打ち据えました。



それを見た富樫左衛門尉泰家は、
その心根に心をうたれ、
義経一行と気付きながらも通行を許したのでした。