日本全国名所巡りの旅

 旅先の説明板・高知

大高坂松王丸/高知19



大高坂松王丸


大高坂神社.JPG


南北朝時代、
大高坂松王丸
大高坂城(現の高知城)の城主であった。


当時の土佐は北朝方が優勢だったが、
南朝方も大高坂松王丸を中心に頑張っていて、
両派の激しい戦いが続いていた。


1333年、
後醍醐天皇の皇子・花園宮満良親王
武将を伴い入国したため、
南朝方は一時勢いを盛り返した。


そこで北朝方は
升形付近に砦を築き攻撃を開始した。


佐伯文章」によると、
1340年に大高坂城は陥落、
大高坂松王丸も戦死
したという。


1829年この付近で
戦死者を供養する古碑が出土した。


その近くに祠が作られ
大高坂神社として祀られていたが、
戦災により焼失
後に久万の松熊神社遷座した。