日本全国名所巡りの旅

 旅先の説明板・滋賀

彦根城の天秤櫓/滋賀19



彦根城の天秤櫓



天秤櫓は、
大手門と表門からの道が合流する
の位置に築かれた櫓です。


この櫓は、上から見るとコの字形をしており、
両隅に2階建ての櫓を設けて
中央に門が開く構造となっています。


あたかも両端に荷物を下げた天秤のようであり、
江戸時代(1596〜1867)から
天秤櫓の名があります。


けれども詳細に見ると
両隅の2階櫓は棟の方向が異なっており、
格子窓の数も左右で違うなど
決して左右対称ではありません。


このような構造の櫓は他に例がありませんが、
均整のとれた美しさに加え、
城内の要の城門としての堅固さを感じさせます。


大手門と裏門からの道が合流する天秤櫓の下は、
鐘の丸から天守へと伸びていた尾根を、
築城時の縄張りによって
大きく断ち切った個所で「堀切」と言います。


堀切にはが架かっていますが、
この橋がなければ
天秤櫓の高い石垣を登らないと本丸へ進入できません。


戦となれば、この櫓が果たす役割は重要でした。


彦根藩主井伊家の
歴史書である「井伊年譜」には、
この櫓が長浜城から移築したものであると
記しています。


天秤櫓は、長い年月の間に、
幾度か修理を重ねてきました。


中でも
嘉永7年(1854)の修理は大規模で、
建物のみならず石垣まで積み替えています。


向かって右手の石垣が、
越前(福井県)の石工たちが築いた
築城当時の「牛蒡(ゴボウ)積」、

そして、左手が
嘉永7年(1854)に積み替えた
切り石の「落とし積」です。