旅先の説明板・滋賀
彦根城の鐘の丸/滋賀22
<彦根城の鐘の丸>
築城当初、
鐘楼が当地に存在したため
鐘の丸と称するが、
鐘の音が城下北方にとどかなかったため、
太鼓丸の現在地に移設したという。
この鐘の丸には
「大広間」や
「御守殿」などの建物が存在したが、
大広間は、
享保17年(1732)に
解体されて江戸へ運ばれ、
彦根藩江戸屋敷の広間に転用されたようである。
(蛇足)
本丸と鐘の丸の間は、
高い石垣で区切り、橋を架けていた。
敵が攻めこんできて、
鐘の丸を攻めると本丸に背を向けるので、
背後の本丸から攻撃を受け、
本丸を攻めると
背後の鐘の丸から
攻撃を受けるようになっていた。
鐘の丸が落ちれば橋を落とし、
橋が落ちれば高い石垣を登らなくては、
本丸に行けないようになっていた。

