日本全国名所巡りの旅


山辺の道探訪記

御花/福岡15



御花


御花は、
元禄10年(1697)に
4代藩主・立花鑑虎公により、
別荘として建てられました。


当時この地名を
花畠」と呼んでいたことから
御花」と呼び慣わし、屋号とされたものです。


庭園は3,300u
仙台松島の佳景を模して築造され、
明治41〜43年に大改修されました。


園内の松は約280本、
大部分は200年以上の古木、

庭石は約1500個、
石燈籠は14個、

大広間前の巨石は
旧天守閣の台石だと言われています。


また、10月〜3月にかけて、
数百羽の野鴨が池に飛来し、風趣をそえます。


また、
西洋館資料展示室として、
歴代藩主着用の甲冑類が公開されています。




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山辺の道探訪記

出雲建雄神社拝殿/山辺の道12



出雲建雄神社拝殿


出雲建雄神社拝殿



出雲建雄神社拝殿は、
石上神宮の境内にありこれも国宝です。

これは内山永久寺より移築されたもので、
この寺の現存する唯一の建物です。

大和に出雲の神社とは不思議に思いますが、
出雲で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した
天羽羽斬剣(アマノハハギリノツルギ)と
八岐大蛇の尾から出た
天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)が奉納されたようです。

景行天皇の皇子・倭武尊(ヤマトタケルノミコト)が
東国遠征のときに天叢雲剣を持って行かれ、
駿河の焼津の草原で火責めにあったとき、
天叢雲剣で草を薙ぎ倒し難をのがれたので、
草薙剣(クサナギノツルギ)と改名し
熱田神宮に奉納したので、
出雲建雄神社は、草薙剣の分霊を祀っています。

モノノフ(武士)は
モノノベ(物部)より起こった言葉
と云われるように、
物部氏は大和政権の軍事面を司どっていたので、
物部氏の氏神である石上神宮は、
剣などの武具が沢山奉納されたようです。

桓武天皇が奈良から京都に遷都されるとき、
石上神宮の武具を京都に運ぶのに、
多くの人が動員されたと言われています。

山辺の道探訪記

御神体/山辺の道11



御神体


御神体



石上神宮櫓門をくぐると、
鎌倉中期に建立された拝殿があります。

これは国宝、また、櫓門は重要文化財です。

ここは国宝と重要文化財のオンパレード。

有名な「七支刀(ナナツノサヤノタチ)」も国宝。

なぜこの刀が石上神宮にあるのでしょうか。

もともとここは
河内の豪族・物部氏の武器庫であったようです。

だから御神体も
布都御魂(フツノミタマ)」と云う剣です。

この剣は、神武天皇
大和を征服した時に使われたものです。

神武天皇は、
はじめ河内に上陸しましたが、戦いに敗れ、
しかたなく紀州から大和入りをしました。

その後、大和と河内の
和平交渉が成立したのではないでしょうか。

それで、河内の豪族・物部氏
大和に進出し、軍事・裁判・神官などを司どり、
大和政権の一翼を荷ったと思われます。

創建は祟神天皇7年で、
物部氏の総氏神と云われ、
大和神社とともに、我が国最古の神社です。


(蛇足)

祟神天皇の母は物部伊香色謎命です。