日本全国名所巡りの旅


 旅先の説明板・和歌山

高野山の金堂と御影堂/和歌山5



高野山の金堂と御影堂


金堂
高野山御開創当時、講堂と呼ばれた。


現在は
一山の総本堂として重要な役割を果たしている。


現在の建物は
7度目の再建で昭和7年(1932)完成。


本尊
高村光雲作の薬師如来が奉安されている。


内部の壁画は木村武山画伯の筆になる。


また、御影堂には
真如親王の写生された大師御影を奉安し、
十六弟子の肖像
大師の御影を守護するかのように掲げられている。


現在の建物は
天保14年(1843)炎上後、
弘化4年(1847)に再建されたものである。


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高野山の大塔/和歌山4



高野山の大塔


大塔は、
天保14年(1843)に落雷のため焼失

それ以来再建の運びに至らなかったが、

昭和9年(1934)の
弘法大師千百年御遠忌
迎えるに当たって再建された。


真言密教の源泉
という意味で根本大塔という。


大塔のも火災で鐘楼が焼失し、
3度ほど改鋳された。


現在の鐘は
天文16年(1547)に完成したもので、

1日に
4時、13時、18時、21時、23時の5回
時刻を山内にひびかせている。


4時の鐘を明け六つの鐘
18時の鐘を暮れ六つの鐘と言う。


また、23時の鐘を後夜の鐘と言い、
もしこのとき外を歩いていて、
この鐘を聞けばその場に平伏しなければならない



怠れば矢に当たって死ぬると言われ
矢立」の地名の由来となっている。


もう一つの鐘・六時の鐘は、
高い石垣の上にある。


福島正則が父母の追善菩提を祈って
元和4年(1618)に建立したが焼失し、

寛永12年(1635)
正則の子・正利によって再鋳された。


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高野山の女人堂/和歌山3



高野山の女人堂


高野山の入口は、
高野七口と言われるように
七つの入口があった。


その七つの入口には、
明治5年(1872)女人禁制が解かれるまで、
高野山内に入れない女人のために、
女人堂が設けられていた。


現在は不動坂口唯一つだけ
女人堂が残っている。

登山電車が出来、
ケーブルが架けられてからは
表参道のようになっている。


南海電車極楽橋に到着すると、
ここからケーブルカーによって
一気に山上に引き上げられる。


このケーブルは、
昭和5年(1930)6月に完成したもので、
極楽橋から山上まで約300mの高さを
5分間で引きあげてくれる。


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